スペシャルメッセージ

漫画家・みなもと太郎さんからのメッセージ

みなもと太郎さん 昭和四十年代というのは、漫画の激動期であった。手塚治虫を初めとした従来の漫画が古いものとされ、凝りに凝った構図や、ひねったストーリーをもつ新しいスタイルの漫画が注目されるようになった。そうした変化によって、昔から活動をしていた多くの漫画家が仕事を失った。

 もちろん横山光輝もその流れの中で消えてしまう危険はあった。しかし、横山光輝はその後、「希望の友」や「コムックトム」などの雑誌に『水滸伝』『三国志』を執筆し、その成功によって逆に巨匠への道を歩むこととなったのである。

 この事実は長いこと漫画評論家を困らせた。漫画界の地殻変動にも全く動じず、しかもこれまで通りの少年漫画のノリで人気が落ちなかったからだ。なので、評論家たちは、横山漫画の魅力について「子どもにもわかりやすいエンターテイメント性」などと言ってお茶を濁すのが精いっぱいだった。

 私が小学六年生くらいの時に、手塚治虫の『鉄腕アトム』と、横山光輝の『鉄人28号』はどちらの方が面白いかという大論争が日本中の学校で起きた。これは日本一の漫画家はどっちかという大命題を論じていたのである。

 数の上では、多数派は常に横山派であり、ちょっとひねたような理屈っぽい子どもたちに支持されたのが手塚であった。だが、論争が始まれば横山派は分が悪かった。手塚流ヒューマニズムなどと、いくらでも良さを言葉で説明できる手塚漫画と違い、大人でも作品を語ることが難しい横山漫画を当時の小学生が論じることなど不可能だった。

 このように、久しく謎とされた横山漫画の魅力であるが、今、私がぼんやりと感じるのは、横山光輝には全ての漫画家が持っているある意味での「いやしさ」がないということだ。

 いやしさというと語弊があるかも知れないが、これは漫画家に限らず全ての芸術家、もっと言えば全ての人間が少なからず持っている「自分を見せようとする欲」だと言ってもいい。読者を驚かせたい。自分の技を見てほしい。横山光輝はこうした気持ちが非常に希薄なのだ。

 横山光輝の自伝も漫画家の自伝としては、非常に型破りだ。普通、漫画家になったからには漫画で何かをやってやろうという気持ちが入るものだが、それがかけらもない。もちろん漫画は好きで、それで描いているのだけども、先述した「自分を見せようとする欲」がないか、もしくは非常に臭みが希薄であるが故に、作品に独特のフェロモンが出るのだ。非常に特異な漫画家であり、世界にもあまり類がない。

 半世紀の歴史を持つ漫画同人グループである作画グループ代表のばばよしあきが、横山光輝の自伝を読んで、本当に楽しそうに「横山はこうでなくてはいかん」としみじみ話していた。その時に、横山光輝の魅力はこういうところにあるのかなと思った。ここまで欲のない人間だと、他人の心の内側にも入り込める。

 三国志にしても、横山光輝以外の漫画なりゲームでは、物凄い英雄、豪傑を描かんと、これでもかとばかりに筋骨隆々の美丈夫が登場するが、「横山三国志」のキャラクターは劉備しかり孔明しかり、皆まるで今、風呂から上がって散髪してきたような清潔感にあふれている。たとえるなら、大ボリュームのステーキに対して、さらっと戴けるお茶漬けのようなものだろうか。だからこそ誰にとっても腹にもたれず、読者も構えることなく受け入れることができるのではないか。

 しかも、それを横山本人も読者も意識していない。自分が無欲だと意識してしまうと、それで臭みがまた出てしまうものだ。正に自然体の勝利ではないか。  (月刊「潮」2010年11月号に掲載予定)

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【みなもと太郎さんプロフィール】
漫画家・マンガ研究家。2004年、「風雲児たち」で手塚治虫文化賞・特別賞を受賞。

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